連作祭壇画 無主物

「来るべきだった朝日」

ベニヤ(1170o×910o)三枚に油彩
2011.8〜

will be sold to Hardcastle Jumi (Japan) at 1,200,000 yen

―祭壇画『無主物』について―
―各部分について―
―付録;関心のないひとへ―

 

冬の日でした。

寒い寒い日でした。

 

おおきな地震がおきて、おおきな津波がおそってきました。

その土地の、

おおくのものがこわされて、おおくのものが津波に呑みこまれました。

地震で、

それまで安全だと言われて、

みんながそう信じていた巨大な人工の心臓が、こわれ、傾きました。

 

こわれた心臓から、閉じ込められていた毒が、たくさんたくさん噴き出て、

あたりを汚しました。

 

名も知られぬおとこたちが、

こわれた心臓を直すために、駆けてゆき、

名も知られぬまま、

毒を浴びました。

 

 

 

みな、こごえていました。

 

 

そのおとこは、

じぶんの胃袋につながっている太い人造の血管に、

刀でもって切り込みをいれることにしました。

 

切り込んだところから、

あたたかな、栄養のたっぷりある血が、たくさん、地面にこぼれおち、

小さな池になりました。

 

おとこのからだをあたためて、

栄養をたっぷりもたらしていたその血は、

もともとは、

名も知られぬ無数の男たちの心臓から抜き取られ、

おおきなおおきな人工の心臓に集められていたものでした。

 

 

大きな心臓は、

その社会で

そうして集められた血液をおとこの胃袋におくりだす役目をずっと、

果たしていたのでした。

 

大地にまかれた血のぬくみを頼って、こごえた動物たちがあつまってきました。

 

 

うしが、やってきました。

 

うまが、やってきました。

 

ぶたも、やってきました。

 

にわとりの夫婦もやってきました。

 

うさぎの夫婦も来ました。

 

鎖をはずされたいぬも来ました。

 

ねこも来ました。

 

みんなみんな、

飼い主をうしなって、鎖を解かれて出てきたのでした。

 

毒があまりにばらまかれて、

住むことを禁じられた場所でかれらは飼われていたのでした。

 

かれらは、

飼い主がその土地をはなれるときに連れてゆくことができないので、

じぶんで食べ物をみつけられるようにと鎖を生まれて初めて外してもらったのでした。

 

飼い主が鎖を外し忘れたどうぶつたちは、

食べ物がなくて、

しにたえました。

 

鎖をとかれてはじめて外を自由に歩きまわったかれらも、

名も知られぬ男たちと同じように毒をたくさん浴びていました。

 

山のけものたちも毒によごされた山からおりてきました。

 

 

くまがきて。

 

しかがきて。

 

いのししがきて。

 

さるもきました。

 

うさぎの夫婦もきました。

 

 

 

どこからか、山鳥も飛んできました。

 

 

 

キビタキ。

 

オオルリ。

 

スズメ。

 

ツバメ。

 

カラスもきました。

 

かももやってきました。

 

さぎの夫婦もきました。

 

蝶もやってきました。

 

 

海に毒が流れ、やっぱりひどくよごれました。

 

 

多くの魚たちが、

ぞくぞくとあつまってきました。

 

クロダイがきて。

 

ヒラメがきて。

 

スズキもきて。

 

タラもきました。

 

サワラもきました。

 

クロソイもきました。

 

アイナメもきました。

 

シロメバルもきました。

 

ひらべったいコモンカスベも来ました。

 

とげばった魚のケムシカジカもやって来ました。

 

シャケも来ました。

 

ながい魚のウナギ。

 

どじょうの夫婦も来ました。

 

カニも来ました。

 

クロマグロも来ました。

 

川の水、みずうみの水も、やっぱりひどく汚されました。

 

アユ。

 

ニジマス。

 

イワナ。

 

ウグイ。

 

ギンブナ。

 

ヤマメ。

 

ナマズ。

 

ワカサギ。

 

 

みんなみんな夫婦で集まって来ました。

 

 

 

毒は、

からだをこわすものでした。

 

とくに

こどものからだをこわすものでした。

 

 

 

どうぶつやさかなの親たちは、

こどもがきれいなかたちで産まれてきてほしいと、

血の池のまわりにあつまったのでした。

 

おとこが大地にばらまいたきれいな血の池から、

傷のないいのちの設計図が生まれていたのです。

 

それは人間もおなじで、

おとこのまわりに赤ちゃんを抱えた夫婦がやってきました。

 

 

これからこどもを産む若い夫婦がおなじようにやってきました。

 

 

おとこのすぐわきに、

ひとりのおんなのこがすわって血の池の表面をながめていました。

 

 

おんなのこのお父さんとお母さんは、

毒がとびだしてきてから、

毎日けんかばかりするようになりました。

 

毒は、

目にも見えず、においもせず、味もしないのものでした。

毒があるのかどうか、

お父さんはそんなものはないと言い、

お母さんは心配してここから逃げようと言い、

お父さんは心配すぎだと、

反対のことを言いあって、

ひどいけんかをするようになったのでした。

 

それをきくのがいやで、

おんなのこはひとりでここに来るようになったのでした。

 

 

中学生の男の子もきていました。

 

 

 

男の子は、

毒のことをじぶんでしらべて知るようになりました。

 

でも、

お父さんも、

お母さんも、

毒のことを知りませんでした。

 

おとこのこの同級生は

ある朝の日に、

ふとんのなかで つめたくなっていました。

 

心臓が

急にとまってしまったのでした。

 

 

「ぼくは」

 

「おとなになるまでいきていられるのだろうか」

 

 

おとこのこはひそかに、思うようになりました。

 

 

中学生の女の子もきていました。

 

 

おんなのこは

その土地で毒をあびていました。

 

お父さんにつれられて

その土地のお医者さんにゆくと、

ふつうはできないと言われていた病気が

のどに二つできている、と言われました。

その医者さんは

 

それでも心配することはない、

と言いました。

お父さんに連れられて

別の街のお医者さんにゆくと、

その病気が無数にあると言われました。

「わたしは、ひとりでしんでゆくんだ」

おんなのこは言うようになりました。



お嫁さんと、お婿さんが来ていました。

 

ふたりは、

六月に結婚するつもりでした。

でも、

3月に毒がばらまかれたあと、

 

お婿さんの家族が 、

「やっぱり結婚はやめる」

そうとつぜん言いだしたのでした。

 

結婚はこわれました。

きれいなからだのこどもを産めない者とは

結婚させられない

そうお婿さんの家族は考えたのでした。

お婿さんは、別の土地の人間でした。

お嫁さんはかなしんで、

みずからいのちを断とうとしたのでした。

 

 

おさななじみの高校生の男の子と女の子がやってきました。

 

 

おとこのこのお母さんは、

その場所の水がよごれたのを心配して

きれいな水の入った水筒を

もってゆかせることにしました。

 

学校の先生はその水筒をみて、

 

やめるよう

おとこのこに、そしてお母さんに言いました。

おとこのこは学校の仲間から

いじめられるようになりました。

「おくびょうもの」

 

そう言われるのでした。

 

いつしか、

みんな

 

毒が心配だと言うことも

毒から身を守ろうとすることも

 

できにくくなっていました。

 

おさななじみのおんなのこは、

心配なきもちをそのおとこのこだけに

ひそかに

はなしていました。

 

 

 

 

血の池をながめる女の子の同級生は津波にのまれていました。

 

 

仲の良いともだちでした。

 

からだはなくしてしまいましたが、

女の子が、

毒のある場所にいてふさぎこんでいるのを見て、

この場所に透けたからだでやってきたのでした。

 

(わたしたちの分を、げんきに生きて。)

 

かぎられた人間にしかとどかぬ声で、

二人は女の子にこえをあわせて言いました。

 

 

 

毒が毒であることを、おおくの人間がわかりませんでした。

 

 

 

目にも見えないし、

味もしない、

においもしない、

急に死んでしまうわけもでもない。

 

しかし、それは確実に毒でした。

 

これまでずっと、

名も知られぬ男たちは、

この巨大な心臓から汗のようににじむ毒を拭きとり、

ひそかに毒におかされ、

からだをぼろぼろにし、

あるものはひとしれず死んできたのでした。

 

 

しかし毒と分かってしまうと、

いたるところにある巨大な心臓すべてがあぶないということになるので、

毒のことをごまかしてきたおとなたちがいたのでした。

 

みながそれまでえらいと信じていた

学者さんや、

政治家さん、

国の仕事をしているお役人さんたち、

この心臓をつくろうとするえらい国のえらい人たちは、

これまでずっと、

ひそかに、

この巨大な心臓にじぶんの胃袋をむすびつけて、

あたたかさと栄養を胃袋に入れてきたのでした。

 

だから、

毒があたりにばらまかれても、

毒のことを、隠しました。

 

やはりみんながうそは言わないと信じてきた四角い箱にしゃべらせて、

毒をあびても大丈夫、

そう繰り返してみんなを信じさせようとしました。

 

そのせいで、

たくさんの

お父さんとお母さんは、

ひどい喧嘩をするようになったのでした。

 

 

毒をあびても安全だと繰り返してはいたのだけれど、

やっぱり毒は毒でした。

 

毒を浴びた子の半分が、

のどにふつうは起こらない病気をかかえました。

 

でも、

そのことをやっぱり知られたくないので、

おとなたちは、

四角い箱を使ってみんなにこのことをなるべく知られないようにしました。

 

まだ歩けるようになって間もないこどもをひっぱって、

お母さんがこの場所にやってきました。

 

 

このお母さんは、

おじいさんもおばあさんも

どうしても毒が毒であることをわかってくれないので、

こどもをつれて毒のとどかなった場所に男の子と二人で来たのでした。

お父さんは毒の広がった場所のお役人さんでした。

お母さんが

「毒を浴びさせてしまうかもしれない」

男の子のことを心配して言うとお父さんは言いました。

「国がだいじょうぶだと言ってるんだからだいじょうぶだ」

 

(ほんとうに?)

 

お母さんは思いました。

 

(ほんとうにだいじょうぶなの?)

 

(そう言える理由はどこにあるの?)

お父さんは

「国がだいじょうぶだから」

と言うのでした。

理由はそれだけでした。

お母さんはお父さんを信じられなくなりました。

そしてある日、こどもを連れてふたりだけで毒のない場所へ決心をしたのでした。

お父さんとも別れて。

 

 

もう一人、

毒が飛んで行かなかった場所にいるお母さんが、

離れた場所で疲れてはて

地面に膝をついてしまいました。

 

 

毒がある場所からとおくはなれた場所に、

毒がついているかもしれないものが送り込まれるようになりました。

 

毒から逃れたはずなのに、

こどもと赤ちゃんにまた毒をあびせたくない、

その一心でこのお母さんたちは走ってやって来ました。

毒のついているいるかもしれない物を乗せた車を止めようとして来たのでした。

でも、止められませんでした。

世の中のひとは

「小さな子供のいる女がなにをしているんだ」

ひどくこのお母さんを悪くいいました。

このお母さんもお父さんと別れてこの場所へやってきました。

お金もなく、着るものもありませんでした。

お母さんは喘いでいました。

つかれはててしまったのです。

 

このことがあった後、その遠く離れ場所へ逃げてくるひとはいなくなりました。

 

 

 

おまわりさんが

すこしはなれたところに立っていました。

 

 

その婦警さんは

その土地でうまれ、育ったのでした。

彼女もまたその土地で毒をあびていました。

えらいひとに、

かけつけたお母さんやお父さんたちが

さわぎを起こさないように見張っていろ、

そう言われていたのでした。

それがおまわりさんの仕事でした。

おまわりさんの胃袋には、

大きな男たちのそれとくらべればずっとほそいものでしたが

やはり人造の動脈が結びつけられていました。

その土地にすむひとたちが毒のことを心配しないように、

おまわりさんは毒から身を守るすことはするな、

そう言われていました。

 

その土地で、婦警さんのなかまが死んでいました。

 

巨大な心臓に近いところで立って見張りをしていたのです。

 

そうして身も守れず、

 

濃い毒を浴びたせいで

からだをめぐる血に病気ができて、急に死んでしまったのでした。

胃袋に人造の動脈が結びつけられているのと同時に、

彼女の心臓にも人造のチューブが結びつけられていました。

それは、名も知られぬ男たちのそれと比べればほそいものでしたが、

彼女は毒を浴びながら

血を喪いつづけていました。

 

婦警さんは好きなひとがいました。

結婚を考えていました。

彼女のすきなひとは、別の場所の人間でした。

 

(わたしは)

(あのひとと結婚することができるのだろうか)

 

彼女はひそかに

心配していました。

 

けれど、

彼女はそこから離れることができませんでした。

胃袋に結び付けられた人造の動脈の長さは決まっていたのです。

彼女たちのもっていた鉄の手錠は、

彼女の手首と、

その人造の動脈に固くはめられていました。

鍵は、もっていませんでした。

その鍵は、

えらい男たちの下げているカバンにぶらさがっていたのです。

身動きもできぬまま、

えらい男たちと同じように

婦警さんは、

すこしはなれところからひとびとの集まりを見つめることしかできませんでした。

 

 

そうして見張りをして死んだ

おまわりさんが透けたからだでやってきていました。

 

そのおまわりさんも、

その土地でうまれ育ったのでした。

おまわりさんにはむすめさんがいました。

おまわりさんがそうして死んでしまったので、

むすめさんは奥さんと二人、

その土地でのこされていました。

奥さんは、

おまわりさんが死んで、

かなしくて

なんにもできなくなっていました。

生きていた時には口にすることもできず、

身も守ることすらもゆるされなかった

そのおまわりさんは、

そうして死んでしまってから、

おぼろげにしか感じていなかった

毒のほんとうのあぶなさを知ったのでした。

霧のようなからだになって

ようやく、

おまわりさんは彼をしばりつけていた人造の動脈から、

そして彼をおなじようにしばりつけていた手錠から

解きはなたれたのでした。

おまわりさんは、

なにもできなくなってしまった奥さんにかわって、

その土地にのこっていたむすめさんの肩を

透けたからだで

押してゆきました。

けんめいに。

けんめいに。

 

柱時計を抱えたおとこのひとが透けたからだで来ていました。

 

このおとこのひとは、

毒のちらばってしまった場所で、キャベツを育てて売っていました。

昔から。

彼のお父さんも、お父さんのお父さんも、そのまたお父さんも、

この場所で野菜を育てて売ってきたのでした。

それが、地震が起きて、

毒がその土地にまかれてしまうと

育てていた野菜に毒がついていてあぶないというので

野菜を売れなくなりました。

お役人さんたちが話しあってそう決めたのでした。

動物のお母さん、お父さん、人間のお父さん、お母さん、

みなひとつの場所をめざして集まってきていました。

おとこが、

ある風船をここで渡している、

そんな話を聞いたからでした。

 

 

おとこは、

うそをはなす箱につながった太い血管をすべて切り落として、

池の方に向けました。

 

それから、

三本目の腕をはやして、

地面にばらまいた血から、風船をつくりはじめました。

 

その血でできた風船には、

地球上でもっとも軽い気体よりも

もっともっと軽いガスが入っていました。

 

 

その風船をもつと、

おとなもこどももみんな浮き上がり、

毒のない場所へみんなを運んでゆくのです。

 

 

おとこは、

この毒のある場所にすむ人間に、

お父さんも、

お母さんも、

赤ちゃんも、

こどもも、

中学生も高校生もみんなひっくるめて

三本目の腕で風船をてわたしてゆきました。

 

それから、

わきにいる女の子に風船をさしだしました。

 

 

 

すると、

朝日がのぼりはじめました。

 

 

朝日のなかで、

風船を手に、みんな飛んでゆきます。

 

 

生まれ育った場所から離れて。

 

 

ゆきさきは、わかりません。

 

けれど、とりあえず、

このよごれた場所から逃れて。