連作祭壇画無主物
『除染作業と闇社会』
(二〇一七年一〇月から制作)
(書き写し)
『東京電力福島第一原発事故に伴う除染作業を福島県で、
15歳の少年にさせたとして、
愛知県警は18日にも、
名古屋市にある土木建設会社の専務の男(49)=福島市=
を労働基準法違反(危険有害業務の就業制限)の疑いで逮捕する方針を固めた。
この会社の実質的経営者は元暴力団組員で、
県警は業務の指揮系統や金の流れを調べる。
県警によると、男は昨年7月、
福島市内の大型商業施設で、
当時15歳だった愛知県北名古屋市の少年(16)が18歳未満であることを知りながら、
原発事故で飛散した放射性物質に汚染された草や土を取り除く作業をさせた疑いがある。
労基法は、18歳未満を除染作業現場などで働かせることを禁じており、
違反すると6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金と定めている。
少年がいた作業現場は第一原発から北西約60キロの市街地。
男は除染作業現場の責任者で、労務管理をする立場にあった。
少年には
「周囲には18歳だと言え」
と指示していたという。』
(二〇一五年二月一八日朝日新聞)
二〇一五年の一月、
福島県いわき市のとあるホテルの一室である男の話を聞いた。
自分と向かい合っていた男は福島の原発周辺、避難指示が出ていた区域の除染作業に随行する警備員だった。
除染作業員と同じ会社に属し、
彼らと共に動く。
脇にいて車の通行を整理する。
なので、
除染作業の実態を常にその場で見ていた男だった。
ほぼ除染作業員と言って構わない。
この時、アメリカで活動している映像作家が自分の福島での聞き取りを撮りたいというので同伴を許可していた。
彼女のビデオカメラの前で、
自らの名前と顔を晒して、
その除染作業従事者は自分に幾度も話していた内容を繰り返した。
「一番印象に残っているのは、
二本松のゴルフ場に連れてかれてリンチ を受けて、
そこのいわきの駅前で放り出された一九だった少年でしたかね
血だらけでいましたね、朝。
でそれで市役所に相談に行けってことで相談に行って、
そしたらあの、
帰りの電車賃は次の行政区までしか貸さないんだそうで、
だからまたそこで降りてまた借りてっていうことだったんだけれど、
たまたまなんだけど両親が横浜にいたんで、なんとか金の都合つけて帰ったみたいですけど」
彼は彼が福島の事故後で見てきた荒い男たちの話をしていった。この話は除染作業員として働くべく福島にやってきた青年の話で、
賃金が不当に安いと抗議すると、
会社の人間により暴行を受けたという。
気を喪い、
所持金も奪われ、
彼の目が届く場所に捨てられた。
その場所のすぐ近くに交番がある。だが、
警察は関与しない。
彼が福島にやって来た二〇一二年、二〇一三年の頃、
いくつもの暴力沙汰をその場所で見ていた。
だが、
警察は関与したことはなかった、彼は言った。
「―もう、無法地帯。」
初めてこの話を自分にした時、彼は悲しさと怒りを混じえて吐き捨てた。
原発事故がいまだ起きていない国の方々にとって、
<除染>
という単語は少し距離を感じる話だろう。
まず事故が起きる。
そこで甚大な被害が社会の各層、各場所の各細部、個人個人に発生する。
その次の段階で出てくる問題がこの除染作業、ということになる。
要は環境を汚染した放射性物質を除去すること。
チェルノブイリ原発事故後にも科学者たちがいかにして放射能汚染された各々の環境の放射線量を低減できるか、
実証実験を繰り返した。
しかし結果的に言えば、
チェルノブイリ事故後の除染作業と、
3.11後の日本の除染作業は全く異なる営為となっている。
距離を感じる話だから、分かり易く説明したい。
例えると、ある化学物質が皮膚に付着して火傷が生じたとする。
モロに物質がかかってしまい深い火傷になった箇所、
そしてその周辺に比較的に軽度の火傷の箇所が生じた。
深い火傷の箇所には集中的に治療を施さねばならない。
また、周辺も処置しなければならない。
いずれにしろ、付着した薬液を除去することが求められる。
これまで福島の各市町村が公表してきた除染活動に関する情報を見ると、こんな火傷のイメージが浮かぶ。
人の肌で生じたことではなくて、
福島を含む八県一〇六市町村の町ごと市ごとという広範な面積で生じた事態だ。
表面に降下した放射性物質をぬぐい取り、
やはり表面の草や土を剥ぎ取って別の場所に移動させる。
ごくごく、簡単な作業。
誰でも出来る作業。
だが、
一つの家でのことではないから、大量の人手を要する。
日本の政府は、高額な報酬をぶら下げてこの除染作業を公共入札事業とした。
当初は二〇一六年に終了すると予定されていたこの除染事業は二〇一八年においても原発のごく近圏は完了しておらず、
これまで四兆二千億の国費が投じられてきた。
行政が避難指示を出した汚染度の高い市町村を例にとると、
その中の一つの区域の除染事業一件の契約額には数百億単位、
避難指示は出していないが汚染されている周辺の一区域には数億から数十億。
この巨額の金にほぼ日本のほとんどの建設業の会社が群がり、
人が群がり、
日本の除染作業は実行されることになった。
繰り返すが、
ごく簡単な作業。だが、大量の人手がいる作業。
そして、出来ればやりたくない、作業。
作業員を集めて確保していれば、この巨額な行政からの金で成立したビジネスにありつける。
そこに人を送りこめれば、分け前にあずかれる。
そんな構造を日本政府は生み出した。
その現場に身を置いて、周囲の様子や人間を見て来た除染従事者が自分に強調したのは、
実は、
福島での除染作業が、
人知れず、ゴールドラッシュの側面を持っていたこと。
そこに群がる人間たちによる荒廃した、野蛮な世界の出現だった。
彼と知り合ってからそうした話を繰り返し聞かされてはいたが、日本の大手メディアにはそうした荒廃は伝えられていなかった。
事実なのか。
実は自分の中でも疑義がなかったわけではない。
だがしばらくするとそうした野蛮な話が警察による摘発事件として報道され始める。
(書き写し)
『稲川会傘下組織組長(五六)らが、
法定の除外事由がないのに、
その従業員らを建設会社に除染作業に従事する労働者として供給した事例(北海道、六月)』
この文章は、
警察庁が二〇一七年三月に公表した
『平成二〇一六年における組織犯罪の情勢』
からの抜粋になる。
いろいろと組織犯罪についての概要が書かれているが、
この話と関わる内容として
『労働者派遣法違反による暴力団構成員等の検挙人員の推移』
という項目があり、
その表には、
二〇一一年の事故前までは一七件が最大だった摘発件数が、
除染事業が民間で開始された二〇一二年から三〇件台になり、
その後の三年間そのまま増加していったことを示していた。
警察庁が公表しているこの表に現れる数字は日本の全国四八都道府県での数字。
これが倍増なのだから、二〇一〇年まで全国に散らばっていたこうした件が、
福島を中心に二〇一二年二〇一三年年二〇一四年の頃に凝集していたことがうっすらと透けて見える。
奇妙な話だが、
日本の暴力団の事件についてまとめたサイトがある。
そこに
「除染」
という単語を入れて検索してみると、
続々と物騒な事件報道が上がってくる。
(書き写し)『人を東京電力福島第1原発事故の除染作業に従事させ、
給料計約540万円を脅し取ったとして、
愛知県警は21日、
恐喝の疑いで
指定暴力団山口組系弘道会傘下組幹部、山本宏海容疑者(43)=愛知県江南市藤ケ丘=ら男2人を逮捕した。
同容疑者は
「今は言いたくない」
と認否を留保しているという。
逮捕容疑は2014年7月3日、岐阜県の知人男性(60)に江南市内で暴行を加え、
「借金を返す当てはあるのか。除染の仕事なら日当1万5000円ぐらいになるだろう」
などと脅迫。
同年9月〜今年4月ごろの間、
福島県内で除染作業に従事させ、
この間の給料全額を脅し取った疑い。
県警中川署によると、男性は4月ごろ、体調を崩して除染作業をやめていた。』
(二〇一六年九月二一日 時事通信)
(書き写し)
『福島県西郷村の農地から男性の遺体が見つかった事件で
福島県警は22日、
殺人容疑で、
本籍郡山市、住所不詳、指定暴力団稲川会系組員、
小野光容疑者(45)ら3人(いずれも死体遺棄罪で起訴)を再逮捕した。
被害者と知り合いで金銭トラブルになった可能性があり、
動機や凶器の拳銃の入手経路を調べている。
3人の認否は明らかにしていない。
他の2人は福島県郡山市田村町糠塚牛骨、無職、佐藤正樹容疑者(43)
と、
同市古川、建設業、楠美憲司容疑者(28)。
3人の再逮捕容疑は、
共謀して
平成27年8月13日午後、
東京電力福島第1原発事故の除染廃棄物を保管する西郷村真船の仮置き場で、
田村市出身の職業不詳、堤利幸さん=当時(45)=の頭を拳銃で撃ち殺害したとしている。
仮置き場はその後、農地として使われるようになった。
3人は現場に遺体を埋めたとして死体遺棄罪で起訴されている。』
(二〇一七年四月二二日 産経新聞)
(書き写し)『東京電力福島第1原発事故に伴う除染作業への違法派遣 を隠すため、
作業員の日当を他人名義の口座に振り込ませたとして、
兵庫県警暴力団対策課などは
21日、
組織犯罪処罰法違反容疑で、
香川県多度津町の人材派遣会社経営、
川西元告(62)=大阪府寝屋川市=
と、
長男で同社代表、知英(37)=香川県丸亀市=
の両容疑者=いずれも労働者派遣法違反容疑で逮捕、
処分保留で釈放=を再逮捕した。
容疑を認めているという。
同課によると、同社は平成23年11月以降、
仕事のない男性らを作業員として雇用し同法で労働者派遣が禁じられた除染作業のため、
同原発建屋付近などに約30人を派遣したとみられる。
逮捕容疑は共謀し、6〜9月、
同社作業員3人が除染作業で稼いだ日当約1560万円を、
元告容疑者の元妻名義の信用金庫口座に振り込ませ、
違法派遣を隠したとしている。』
(二〇一四年一〇月二二日 産経新聞)
(書き写し)
『強盗殺人容疑で6人再逮捕
福島・いわきの死体遺棄事件
福島県いわき市の建設会社「武蔵建設」の敷地に男性の遺体を埋めたとして、死体遺棄容疑で同社の元社長ら男6人が逮捕された事件で、
県警は
7日、
強盗殺人容疑で6人を再逮捕した。
再逮捕容疑は昨年9月上旬ごろ、
共謀して同社の事務所で、
いわき市川前町川前、職業不詳、田中秀和さん=当時(46)=
を暴行して殺害し、
現金約40万円とキャッシュカード2枚を奪ったとしている。
容疑者の一部が否認しているという。
捜査関係者によると、
容疑者の一部が「暴行した」と供述しており、
捜査本部は6人の役割や暴行への関与の度合いを調べる。
再逮捕されたのは、
いわき市平中神谷、同社の元社長で自称無職の日向寺大蔵容疑者(35)ら。
田中さんは同社に度々出入りしており、
6人とも面識があったという。』
(二〇一六年七月二日産経新聞)
これらを自分は絵に描いた。
除染作業従事者が語った一九歳の青年の話は
報道にも、
警察資料にも
上がっていない。
挙げた情報はあくまで氷山の一角に過ぎない。
二〇一七年までに福島労働局が公表している除染従事者の死亡者数は九名である。そのうちの五名は
無縁仏として福島県南相馬市の真宗大谷派原町別院に遺骨が安置されている。
福島県外から連れてこられ、
除染作業員として働き、
そのさなかに死んだ。
無職者で、
親類もいなかった。
骨を燃やすときに、
同じ境遇の身寄りのない作業員の男たちが集まって泣いたことを仏教ジャーナリズムの中外日報が
『五度目の春へ― 東日本大震災
法名つけ追悼続ける寺 原発事故で広がる棄民』という題で
報じている。
二〇一八年三月、
この殺伐とした、被曝を伴う世界に騙されて働かされていた
ベトナム人の技能実習生の存在が明るみになった。
彼は二十代だった。
誰もしたくない作業。
誰でもできる作業。
人がいれば金になる作業。
人が、人を売る。
日本の政府はこの構造に是正を図ったことはない。原発事故が起きても、回復できる、そんな理想像を示したい。
その理想像を実現すべくひたすら邁進し続けてきた。
事故後すぐにこの構造が動き出したことが自分には奇妙に思えた。前例があって、
それを用いたように感じた。
その原型が、
かつての強制労働にあったように思えてならず、
調べてみると、
かつて強制労働の仕組みを採用した企業名に、ことごとく除染事業に参画している巨大企業が名を連ねていることを知った。
その中には、
福島の原発を動かしていた東京電力も入る。
かつて踏んだ道が、
日本の国内でふたたび現出している。
そのことを恐怖に感じる。
この絵を見て、幾人もの日本人が言った。
「―これは本当の話ですか?」
かつてと同じように、闇にされた場所で行われていることに気づけない。
こんなふうに3.11原発事故は進んでいる。