連作祭壇画無主物
 
釜山制作版

『被曝することの悲しみ』

(二〇一八年二月に釜山にて制作 )

 

  (書き写し)『確かに、

右に記載したしきい値理論とDS86とを機械 的に適用するかぎり、

被上告人の現症状は放射線の影響によるものではないということになり、

本件において

放射線起因性があるとの認定を導くことに相当の疑問が残ることは

否定し難いところである。
 
しかしながら、

DS86もなお未解明な部分を含む推定値であり、

現在も見直しが続けられていることも、

原審の適法に確定することであり、

DS86としきい値理論とを機械的に適用することによっては

前記の事実を必ずしも十分に説明することができないものと思われる。』
  (二〇〇〇年七月一八日長崎原爆松谷訴訟・最高裁判決骨子より抜粋)

  (書き写し)

『起因性の判断手法について(以上のまとめ)
 
一般に,

疾病の発生の過程には様々な要因が複合的に関連するのが通常であり,

特定の要因から特定の疾病が生じる機序を逐一解明することは困難である。

そして,

放射線に関しても,

それが,がんをはじめとする各種の疾病の原因となり得ることについては,

コンセンサスが成立しているとはいえるものの,

放射線に特有の疾病や症状が存在するわけではない。

したがって,

放射性起因性の有無は,

病理学,臨床医学,放射線学や,疾病等に関する科学的知見を

総合的に考慮した上で,判断するほかはないわけであるが,

これらの科学的知見にも一定の限界が存するのであるから,

科学的根拠の存在を余りに厳密に求めることは,

被爆者の救済を

目的とする法の趣旨に沿わないものであって,

最終的には,

合理的な通常人が,

当該疾病の原因は放射線であると判断するに足りる根拠が存在するかどうかという観点から

判断をするほかはない』
     (二〇〇七年三月二二日原爆症認定集団訴訟・東京地裁判決要旨)
 

 

この絵は、

もっぱら釜山でのみ製作した絵である。

二〇一八年三月から釜山民主記念公園展示場を会場に企画されたグループ展『核夢2』に

自分はいくつかの絵画を出展した。

ほとんどが日本で描いたものを釜山で再度描いたものであったが、

ただ一つ例外的に、

原発事故をいまだ経験していない国韓国の、

そして三〇キロ先に古い原発を抱える釜山のひとびとに伝えたいことを念頭に新しく描いた。
 

原発事故が起きると何が起きてしまうのか。
 
原発事故が発生して多くのひとが被曝し、動物を含む自然環境が汚染されると、何が起きてしまうのか。
 
被曝してしまうことの悲しさとは、何なのか―。
   
 
 
二〇一三年九月七日。

福島県内某所で食品の放射能汚染測定を自主的にされていたその場所の女性は、

自分にこんなことを語った。

彼女の進めている活動の性格上、

彼女は近隣で生活しているこどもをかかえた母親たちの話を伝え聞く立場にあった。
 

  「―今は、中を観れるでしょ。

超音波で。

だからお腹の中で異常があ るかどうかあるていどわかる。

だからなにか異常があった場合、

堕ろしてしまう。

そういうはなしはときどき聞きますね。

うちに来てくれるのはだいたい若いお母さん。

###市でそういうお母さんたちに集まってもらって話を聞くというようなことをやった。

そこでもやっぱりその…。、

異常について聞きましたね。

こういうことは表に出して言えないから、

心配してるお母さん達が集まってそこで色々話しあってる」
 
 
はじめてそこを訪れた自分に、

この危うい領域について話をしてくださった女性に感謝したい。

3.11原発事故後二年目にあたるこの時期、

日本のテレビおよび新聞は

この原発事故がもたらした被曝が住民の健康に対して特段影響を与えていない、

日本の中部、九州の県と比較してみても異常は見られない、

そんな調査結果を担当した科学者たちの発言とともに喧伝していた。

また、

テレビでは事故後に購入者が激減した福島の農産物を勧めるコマーシャル、

福島への旅行を誘うような宣伝が溢れていた時期にあたる。

 

  (福島は、復興してゆくんだ)


 
公が主導するこの流れの中で、

話をしてくれたように母親たちが

ひそひそと、

健康異常について話し合っていた。

 

復興の、陰で。


 
その後の二〇一六年一〇月三日。

医学雑誌『Medicine 』にこの領域に関わる研究論文が掲載される。

『『Increases in perinatal mortality in prefectures contaminated by the Fukushima nuclear power plant accident in Japan 』

( 訳   日本の福島原発事故により汚染された複数県での周産期死亡率の増 加 ) 。概略を挙げておく。

(書き写し)
『ドイツのこの分野で非常に著名なHagen Scherb 氏と森国悦・林敬次の共著として、

Medicine ® というインターネット専門の査読付き医学雑誌に掲載されました

( Google で、「perinatal mortality fukushima medicine 」で検索し、無料で入手できます。

以下のFig. は論文のものです。)。

< 内容の概略>

2001年から順調に減少していた周産期死亡(妊娠22週から生後1週までの死亡)率が、

放射線被曝が強い福島とその近隣5県(岩手・宮城・福島・茨城・栃木・群馬)で

2011年3月の事故から10か月後より、

急に15.6%(人数としては約3年間で165人)も増加し
(Fig.3 )、

そのまま2014年末まで推移しています。

また、

被曝が中間 的な強さの千葉・東京・埼玉でも6.8%(153人)増加( Fig.4 )、

こ れらの地域を除く全国では増加していませんでした( Fig.5 )。

これは、チェ ルノブイリ後に、

ドイツなどで観察された結果と同様です。

チェルノブイリと違い、

東日本大震災では震災と津波の直接の影響がありました。

これまでの同様の調査では、

震災直後の一過性の周産期死亡率の増加がありました。

そこで、

今回は津波の人的被害が著しかった岩手・宮城と、

比較的少なかった他の4県を分けて検討してみると、

震災直後の増加は岩手・宮城で著しく( Fig.7 )、

他の4県では見られませんでした ( Fig.6 )。

これは、津波・地震の一過性の増加は津波・地震の影響による が、

10ヶ月後からの増加は津波・地震の直接的影響ではない可能性が高いことを示します。

なお、

この論文の強さの一つは、

誰もが入手できる、厚労省発表の公的な統計から導いたもので、

元データへの疑問はつけられません。

限界性は、

その増加が被曝と関連することを直接証明したわけでないことです。

しかし、

この増加を説明するその他の要因は、

地震・津波の直接的な影響も含め考えにくいことを論証しています。 

最後に、

今回の結果は政府の帰還政策と関連すること、

オタワ宣言が強調するように、

政府として、

健康に対する環境要因を検討することを求めています。』
(医療問題研究会サイトより)

<後で>、分かって来る。


市井人に対して安全が喧伝された事故後数年から時間が経ってくると、

実はその裏で動いていた科学者たちの動向が明らになってくる。

文部科学省は

どの大学のどの研究者のその課題に科学研究費を支給したのか、

その情報を公表している。

 

(書き写し)

『研究課題:   甲状腺癌の原因物質の同定に向けた挑戦的疫学調査研究

研究種目: 挑戦的萌芽研究

研究分野: 内分泌学

研究機関: 長崎大学

研究代表者: 山下俊一長崎大学 , 原爆後障害医療研究所 , 教授 研究期間

( 年度 ) 二〇一四年四月一日〜二〇一六年三月三一日完了

キーワード 環境 / 放射線 / 内分泌学 / 甲状腺癌

研究成果の概要:

チェルノブイリ原発事故後、

放射線ヨウ素内部被ば くによる甲状腺発癌リスク以外に、

ニトロソアミン系における発癌動物モデルが証明され、

近年の環境汚染問題でヒトにおいてもその可能性が報告されている。

そこで、

ベラルーシの甲状腺癌症例の地域別分布と放射線ヨウ素被ばく状況、

大量有機農薬使用による水質汚染に着目し、

その関連性について包括的なデータの検証と共同論文発表を行なった。

これに合わせて、

福島原発事故後の甲状腺超音波検査の解析結果から、

スクリーニング効果以外の甲状腺癌発見増加の原因として、

川内村の異なる水源の飲用水中の硝酸・亜硝酸動態を測定し、

その因果関係を検討したが、

有意な関係性は認められなかった。』

この山下俊一という学者は

長崎県出身の被爆二世。

事故当時日本甲状腺学会の長だった。

彼はチェルノブイリ事故五年後の一九九一年に

現地入りし、

健康状態について調査した経験を持つ。

そんな経緯から、

日本における被曝と健康被害の分野における第一人者として事故後に福島入りし、

環境省主導のもと福島県立医大で行われるようになった小児甲状腺癌調査を含む福島健康管理調査検討委員会で

主導的な立場を担ってゆく。

その間、

彼は福島の小児甲状腺癌が多発傾向であると認めた発言を一度としてしたことはなかった。

だが、

実は多発傾向を認めて、

前提としたうえで、

その原因調査の研究をひそかに行っていたことになる。

物理の分野において、

物理学上その仮説が確かであると証明されるには、

その仮説が九九.九九九九%の確率で再現されなければならないという。

つまりは、

一〇万回繰り返して、

九万九九九九回再現されてはじめて、

物理的に確かだ、と言えるのだという。

放射線被曝は、

このことからすると未だに未解明の領域、ということになる。

広島。

長崎。

チェルノブイリ。

セミパラチンスク。

そして福島第一。

多くのひとびと、

自然が被曝する状況が生まれると、

科学者たちはこの未解明の領域に臨み、

観察し始める。

自然を。

生物を。

人間も、こどもも、観察生物として彼らは観察し始める。

無言で観察されながら、

市井人は時に泣く。

そして、

膨大なデータの一要素にされてゆく。

そのことが悲しい。


冒頭にあげた抜粋は、

広島と長崎における原爆症認定訴訟判決文からの抜粋になる。

ほとんどがもう老齢により亡くなっている被爆者たちは、

二〇一八年においても、

日本政府を相手に訴訟を続けている。

<被爆者>

表記しているが、

この判決文でその言葉の実態は

<被曝者>である。

国を代弁する科学者たちは、

米国の科学者たちが長年かけて練り上げた被曝線量推計システム(DS)を根拠に、

ひとびとに現れた健康異常を切り捨ててきた。

そのシミュレーションモデルからすると、

その病態は放射線被曝とは関係がない、

そんな論法で被被爆者手帳を持つひとびとへの補助金医療補助施策を切り捨てにかかる。

その決定に抗議したひとびととが法廷闘争を起こす。

これが原爆症認定訴訟である。

この訴訟は日本の行政訴訟の異例中の異例として、

国側がおよそ九〇%の確率で敗訴してきた。

地裁で負け、

高裁で負けするのだが、

最高裁へと執拗に国側は抗告、

それにより裁判が長期化して、

多くの被爆者たちが死んで来た。

その判決には、

この被曝という事態が科学的に未解明であること、

科学者たちの類推は精緻であるが類推でしかないこと、

科学的な厳密さはこの領域では冷酷に働くことを述べて国側の科学者たちを斥けることが記されている。

福島のひとびとが、この判決文を知っていれば異なった状況が生まれていただろう。

二〇一六年六月、

山形の地元紙にさくらんぼの実に関する奇妙なニュースが連続して掲載された。


(書き写し)

『めでたいサクランボ寒河江

サクランボ農家菊池堅次郎さん(76)=タカへ  のサクランボ畑から、

実が左右で紅白に分かれた″めでたい”サクランボが見つかった。

六月中旬ごろに自宅近くの園地で収穫し、

家族が選果作業中に発見。

品種は高砂で「紅白で縁起がいい」と評判に。

菊池さんは

「紅白サクランボを見たのははじめて」

と言う。

県園芸試験場によると

「着色に関する遺伝子が一つの個体に二つある現象。

きれいな境界線が出ているので珍しい」と話していた。』

自分が見たネット上の情報では、

この記事は画像として貼り付けられていた。

『ポケット』という題で、

記事の大きさからほんの小さなニュースであることがわかる。

七六歳というベテランの農家が

 

「見たのははじめて」

 

と伝えるこの小さなニュースと同内容の情報がこの二〇一二年六月の山形県の新聞に断続的にあらわれる。

『赤と黒のサクランボ収穫・上山「極めて珍しい」(山形新聞二〇一二年六月一八日
)

『四つ子のサクランボ、幸せ呼ぶ?天童・松田さん方の畑で見つかる』(山形新聞二〇一二年六月二四日)

『五輪の年に『五つ子』サクランボ東根で見つかる』  (山形新聞二〇一二年六月二六日)

『サクランボ畑でミッキー発見!?家族や知人の間で評判に』  (山形新聞)二〇一二年六月二九日)


ウェブ上でこれら四つのニュースの元記事へ飛ぶリンクが貼られているが、

すでにいずれもネット上で公表期間切れになっている。

最初にあげた紅白のさくらんぼの記事は、

写真として残されていたために今でも見ることができたのだった。

日本の各地で、こうした植物、虫の異常を伝える情報が伝えられている。

 

「見たのははじめて」

そんな判断基準として信頼できるのはやはりベテランの域に居る園芸家、農家の方の言葉になる。

日本には日本植物形態学会というこの問題に直接関わるような学会があるが、

自分が見た限りでは、

福島の放射能汚染と植物との関係について、

情報発信を奇妙に行っていない。

3.11後、

数少ない自然生物の異常について科学者たちが論文に書いたヤマトシジミ、ワタムシ、

環境省が『野生動植物への放射線影響に関する 調査研究報告会 』という名のもと観察と健闘を続けている研究で

形態異常が認められたモミの木の画像も併せて張り付けてある。

内容が複雑すぎて、

散漫な文章になったことをお詫びする。